臨床試験モニタリングのモバイル化で COVID-19 対策を支援

ワイヤレスデータロガーによる移動式臨床試験所のモニタリング
Janice Bennett-Livingston
マーケティングマネージャー
Published:
ライフサイエンス
2020年6月、米国に拠点を置くある製薬会社が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の高齢患者向け治療の臨床試験を実施するため、革新的なプロジェクトを開始しました。パンデミックの発生当初から、高齢者介護施設は COVID-19 の感染拡大によって特に深刻な影響を受けています。米国での新型コロナウイルス感染症関連死の最大40%がこうした介護施設内で発生しているという説もあります。

このような悲惨な状況に対処し、長期介護を受ける高齢者を新型コロナウイルス感染症の治療に関する調査の対象とするために、臨床開発、治験薬供給、エンジニアリングの各分野の専門家からなるチームが、レクリエーション用車両(RV)を移動式の調査施設に改造するという案を提案しました。移動式の調査施設に加えて、臨床研究資材を輸送できるようにトレーラーのカスタマイズが行われました。

臨床試験は科学の分野における最も複雑で困難な事業の1つです。極めて重要な調査結果を無駄にしないためには、臨床試験によって得られるデータを慎重に収集し、保護しなければなりません。サンプルなどの貴重な研究資産を保管する試験所には、指定された条件で維持管理された保管環境が必要です。これらの記録は完全かつ正確に行わなければなりません。

この臨床試験を実施する製薬会社では、既に自社施設内の複数の cGMP(現行医薬品適正製造基準)環境で、温度、湿度などのパラメータのモニタリングにヴァイサラの viewLinc システムを使用していました。問題は、新しい移動式の調査施設で viewLinc システムのデータロガーを使用して、モニタリングデータを既存の viewLinc システムに返送し、逸脱に関するアラートを送信できるか、ということでした。さらに重要な問題として、ヴァイサラがそのようなソリューションをすぐに提供できるのか、という懸念がありました。

移動式の施設での臨床試験の実施は、COVID-19 の感染拡大前にはほとんど考えられないことでした。しかしVaiNet ワイヤレスモニタリング技術と、ヴァイサラのプロジェクトエンジニアの迅速な判断によって、この製薬会社は移動式の調査施設を30日以内に稼働させることに成功したのです。
 

モニタリングシステムを動員

その製薬会社がヴァイサラに連絡を取ったのは、移動式の調査施設としての装備を搭載した RV の内部に設置した冷蔵庫と冷凍庫で、モニタリングが必要だったためです。同社は RV で国内を巡回し、高齢者介護施設や高齢者福祉施設で臨床試験を実施しようと考えていました。一方で、パンデミックの発生と入居者に対する影響の深刻さにより、移動式の調査施設へのモニタリングシステムの実装にかけられる時間は、わずか数週間に限られていました。

冷蔵庫と冷凍庫は1日に20回以上開けられるため、内部の温度を数分ごとに記録して適切な状態を維持しなければなりません。温度データの履歴を自動化し、正確さと完全性を保ち、簡単に報告できることも必要です。理想的には、検証済みの既存の viewLinc モニタリングシステムにデータを保存することがベストです。最も重要なことは、温度の逸脱が発生した場合に、移動式の調査施設にいるスタッフにメールやテキストメッセージで直ちに警告が行われる必要があります。
 

最新の通信技術の活用

ヴァイサラのプロジェクトエンジニアは、シンプルな既製のモデムを使用して、複数の VaiNet AP10 ワイヤレスアクセスデバイスで移動式の試験所から通信を行うことを可能にしました。この通信では、RV のアクセスポイントから viewLinc サーバーへの接続に VPN を使用しません。この方法で必要なのは、モデムと AP10 が元々備えている通信機能のみです。

RFL100 ワイヤレス温度湿度データロガーには、ヴァイサラ独自の VaiNet ワイヤレステクノロジーが使用されています。VaiNet で使用される変調方式は、LoRa™ チャープスペクトラム拡散に基づいています。LoRa™(Long Range)は、低電力広域ネットワーク(LPWAN)プロトコルです。
VaiNet の屋内信号範囲は通常100mを超え、壁などの障壁も簡単に貫通できます。屋外では、信号範囲ははるかに広くなります。たとえば、スタッフが RFL-100 データロガーを移動式試験所の外に持ち出す場合、RV から数百フィート離れても、AP10 ネットワークデバイスとの接続を維持できます。AP10 アクセスポイントは、VaiNet ワイヤレスデータロガーの基地局として機能します。下記の図は、VaiNet のモバイル用途での通信方法を示しています。
Mobile Monitoring Application Diagram

 

低電力、シンプル、高速

この用途では、RFL100 の温度プローブを冷蔵庫と冷凍庫の内部に設置します。AP10 は、PoE(パワーオーバーイーサネット)などのイーサネットケーブルを使用して RV 内部のネットワークスイッチに接続されています。一般的な PoE ネットワークスイッチは、ネットワーク接続によって約48〜50ボルトの電圧を供給します。そのため、AP10 ネットワークアクセスデバイスには DC 電源アダプタが不要になります。モデムには同じく PoE 対応の 4G モデムが使用されています。これにより、モニタリングシステムへの電源供給に必要なコンセントは1つのみになります。ネットワークスイッチは電源コンセントを使用し、PoE を介して AP10 とモデムの両方への電源供給を行います。ただし、すべてのデバイスには電源アダプタが装備されているため、必要に応じて AP10 をモデムに直接接続することも可能です。
 
AP10 との通信にはモデムを使用しますが、RV 内部のコンピューターワークステーションではローカルインターネットアクセスも可能です。3G/4G モデムを AP10 と併用すると、AP10 によって使用されるデータ帯域幅が非常に少なくなるというメリットがあります。AP10 はそれぞれ最大32台の RFL100 データロガーをホストできますが、ワイヤレスモデムを通過するデータはごくわずかであるため、使用する帯域幅は非常に少なくなります。セルラーモデムの利用料は従量制のため、費用対効果に優れています。モデムは移動通信用の基地局と通信し、インターネット経由で検証済みの viewLinc サーバーにデータを送信することを可能にします。
 

共に歩み続ける

2020年に作られた移動式の調査施設は、現在、COVID-19 の感染拡大に対処するため全米の施設に配備されています。このような形で臨床試験が行われるのは初めてのことであり、実装に取り組んだ多くの科学者、プロジェクトマネージャー、エンジニアにとっては短期間で多くのことを学ぶ機会となりました。多くの人々が孤立している今、特に孤立を深め、深刻な影響を受けているのは、高齢者福祉施設や高齢者介護施設で暮らす人々です。ヴァイサラは、緊急事態における支援のために革新的な試みを行う研究組織にソリューションを提供できることを誇りに思っています。
 
 

宇宙環境に耐えるセンサMars Rover Space Proof Technology

ヴァイサラは、当社の計測技術が火星探査ローバーに搭載され、宇宙に向かっていることを誇りに思っています。これらの技術は元々、臨床試験とワクチンのモニタリング、医薬品の製造と流通、病院と血液/組織バンクなどの多数の産業用途を含む、地球上の多くの産業向けに開発されたものです。
 
ローバーに使用されているヴァイサラの2つの主要なセンサ、HUMICAP®BAROCAP® の詳細をご覧ください。
 
これらのセンサは既に貴社の産業用途にも採用されているかもしれません。